2008年05月22日
MSG
もう3ヶ月近く日本にいますが、外食をすると気になるのが、やはりMSGの味。
みんなうまいうまいと食べてますが、私最近ラーメンやうどんのスープに使われているMSGの味がわかるようになってしまいました。
カナダでは中華以外ほとんど使われないので、スープを飲んだあとの、ノドのすっぱい感で嗅ぎ分けられます。
特に安い店はこってり入っているので不快であります。
なので、今回はコンビニ物とか、ファストフード系はほとんど食べませんでした。
気にしない人には関係ない話ですが、まあ添加物、保存料も含めて取らずにすむならそれにこしたことはないでしょう。
来週にはまたバンクーバーへ帰ります。
こちらでは和食ばかりなので、ちょっと大変そう。
2008年05月18日
ジョアンジルベルト来日
東京で2日、横浜で1日公演予定だとか。
しかし私、今年はその時期に日本にいるかどうかちょっとまだ未定。
もう本当に日本の観客が気に入ったみたいな感じのジョアン。
しかし70才後半にしてもまだまだ現役でやれるとは恐れ入る。
どこからあのパワーが出るのか不思議だ。
リオでもミュージシャンの間では彼の奇行は有名で本当に音楽以外のことは全く考えていないらしい。
今年はライブDVDの発売はあるのか?
出来れば発売してほしいが。。。
2008年05月07日
イタリア村
かなり前に一度足を運んだことがあるけど、ちょっと名古屋ではむずかしかったか。
ベネチアをモデルにした、デートにはもってこいの雰囲気のいい場所だったけど、イタリアバカでもないかぎり何度もいくところではないような気もしたような。。。
でもあれを作った社長には拍手を送らねばならないでしょう。
東京汐留のイタリア街はコンセプトもかなり練ってあるらしく計画は順調に、しかも一部はもうオープンしているようだ。
そこは仕事も遊びもできるような複合施設になっていて、あのシオサイトの一画をになうらしい。
個人的にイタリアにはかなり思い入れがあるので、こういうのを作るのは大賛成なのだが、街にイタリア移民がいるわけでもないのに日本人は本当にこういうのが好きだね〜。
私のやってるボサノバも固定資産じゃないだけで、コンセプト的には規模は全然違えど同じような気がする。
2008年05月01日
Spirit
近い将来ロボットにもボサノバギターが弾けるようになるだろう。
しかしそれは機械のすることであって話題性はあっても、つまるところ魂が入っていない。
魂が入ってないと結局音の出どこが物理的に弦をはじいた所になってしまう。
コンピュータには恋することは出来ないし、キスの味もわからない。
結果的に感情が出せないし、演奏中に自己陶酔して失神してしまうこともないだろう。
今の科学は病気を治したり、人口受精をさせることはできるが、なぜ心臓が動いているのか誰もつきとめられていない。
そこらへんが現代科学の限界だ。
2008年02月24日
撮影
最近ブログの更新をサボり気味。。。
3日ほど前にドキュメンタリーフィルムのためのデモ撮りがありました。
1時間以上カメラの前で英語でインタビューを受けたり歌を歌ったりで、けっこう自分では楽しめたんですが、やはり英語では言いたいことの的を得るのはちょっとむずかしいっス。
リハなしで、しかもカメラはずっと回りっぱなし。
話しの内容は子供の時の話から、なぜバンクーバーへ来てブラジル系の音楽をやりだしたのかまで詳細に聞かれた。
こういうバイオグラフィー的なドキュメンタリー番組は見ている方が楽しいかもね。
うまくいけば夏前から本番を撮り出すみたいだ。
いよいよカナダでスクリーンデビューか?!
期待しないで待っていてください!
2008年02月04日
YouTube
そしたらメインテナンス中のバンナーがあらわれた。
数分で見れるようになったが完璧には回復してないようだ。
googleで動画を検索しても同じ会社だからほとんどYouTubeからの動画だし、もし完璧にこのサイトがパンクしたらちょっとさみしいことになってしまう。
もうひとつくらいは動画投稿サイトの強力なやつがほしい。
2008年02月03日
カーニバル、ギョウザ、豚饅
ニュースを見てたら日本では中国製の餃子で多数の食中毒患者が出ているらしい。
ちょうどその前日はバンクーバーのチャイナタウンへ行って豚饅を食べたり、食材を買い込んだりしていた。
それでこのニュース。。。
買った食材は乾物とかそういう類のものだから心配ないけど、冷凍ものとかはちょっとしばらく尻込みしてしまいそうだ。
さて今ブラジルではカーニバルの真っ最中。
今年は日本移民100周年らしくてリオでもサンパでも日本人の格好をしているダンサーが目につく。
あるダンサーは日本に敬意を表して目を細く整形したらしいが、目を細くして敬意を表するとはどういうことだ?
翻訳がちょっとおかしいような気もするが、リオにいたときはみんな日本人のマネをするときは目を外側に指で引っ張っていたが、向こうは全然悪気はないようだったが、こっちは半分ムカついていたのである。
黒人に敬意を表するために顔を黒くして頭をアフロにしたり、ユダヤ人に敬意を表するために鼻をワシ鼻にするか?
ダンサーの化粧も志村けんのバカ殿とそっくりなヤツがいる。![]()
なんかもっとほかにやりかたがなかったのだろうか???
2008年01月28日
寒い
昨夜もノースバンクーバーの友人の家でいいだけ飲んで帰宅。
明くる日の天気予報は雪だったので、どうせライブはなしだろうと思いきやなんと快晴。
ちょいふらふら頭で出かけて行って1セットグランビルアイランドで演奏。
これが最近の天気のせいかなにか知らないけど、けっこう受けるんですね〜。
みんな気分がいいんだろうか?
そうなるとやってるほうも自然に気分がよくなりますね〜。
しかしセットが終わるとやっぱり冬の野外演奏はこたえるっス。
おそらく2、3℃しかないだろうな。
昨日はもっと寒かった感じがした。
2セット目で歌ってて自然にビブラートがかかってしまって音程が取れなかった。。。
こういう経験もミュージシャンとして生きてゆくには必要だと思うのだが。。。
2008年01月14日
GTR
スカイラインGTRの後続車だがR35にはもはやスカイラインという名はない。
480馬力のエンジンを搭載した国産最高峰スーパーマシンの登場だ!
いやはや少し興奮してしまったが、私この日が来るのを待っていたというか、なにかしら非常にうれしい気持ち。
同胞敗戦国にはポルシェ、フェラーリというスーパーカーがあるのに日本にはそれがなかった。
それが今回やっと同胞たちと同じレベルの車をデビューさせることができた。
これでやっと商売面だけでなく純粋に車を造ると言う意味でMade in Japanを世界に認めさせることができそうだ。
私が思うに車と言うヤツにはどうも人格があるような気がする。
フェラーリはイタリア人気質、ベンツは高貴なドイツ人と言うように。
このGTRの登場はそういう意味でただ性能のいい速い国産車の登場というだけではない、これから日本人を代表してゆく使命を負った宿命の車だという気がする。
私もいつかGTRをこの手中におさめてみたい。
でも日産の大株主はルノーだっけ?!
複雑な気持ち。
2008年01月13日
字幕
もちろんフランス語の英語サブタイトル。
映画を見ながら字幕を追うがやはり読むのがおそいので置いていかれてしまう。
見ている間リラックスどころじゃないが内容はなんとか把握できる。
でも字幕を読んでいる間どれだけ映画のシーンをみる時間をロスしているのだろ。
映画を見ながら少しまえにネットで読んだオタール・イオセリアーニという映画監督が言ってた言葉を思い出した。
字幕は追ってはいけません。 いい映画は字幕なんていりません。 字幕なしでその映画がわからないのならその映画は駄作ですから。。。
ちょっと考えさせられる言葉だ。
映画はそもそも無声で始まったものだし、チャップリンの映画などは今でもけっこう楽しめる。
一方でずっと話しっぱなしの映画もある。
でも基本的に映画は映像を楽しむものだろうと思う。
ヨーロッパや南米では映画は吹き替えが多い。
やはり映像を見るロスを防ぎたいということも影響しているのだろうか?
音楽もやはり音を楽しむのが基本だろう。
歌詞の意味がわからなくても♪Welcome to the Hotel California〜っとくれば馬鹿でもYeah〜!となる。
やはりエンターテインメントはシンプルでとっつきやすいものが基本だ。
2008年01月03日
2007年12月29日
San Francisco
クリスマス中はひさしぶりにサンフランシスコに滞在し街を満喫。
やはりシスコはバンクーバーにくらべてかなり暖かいし天気がいいので出歩くにも快適。
今回の目的のひとつは友人がエグゼクティブシェフをやっているレストランをチェックしにいくことだったが、ここのレストラン"bushi-tei"はサンフランシスコでもミシュランスターをもらった店でファインダイニング系。
中に一歩足を踏み入れると内装は長野から運んだという古民家の柱をモチーフに設計されたモダンな作り。
料理はフォアグラや和牛、ダック、あんこう、ラム、等を使ったフレンチジャパニーズフュージョン系で2回ほど足を運んでかなりの種類を食べさせてもらったが、どれもこれまで食べたものとは違う感じで非常においしかった。
友人のシェフWAKAとはもう30年くらい知っている中なので彼がシスコで成功しているのはホントうれしい。
そしてオーナーのTAKさんには店を作った経緯やこれからの夢などを聞かせてもらってすごくおもしろかった。
この2人の男の夢が叶うようにこれからも応援して行きたいと思う。
レストランは日本街の今回宿泊したHOTEL KABUKIの前にあるのでサンフランシスコを訪れるときは是非立ち寄ってみてください!
あとダウンタウン、ベイエリアなどを探索し、最後にNAPAのワイナリーを回ってきた。
NAPAはカリフォルニアワインの生産の拠点でかなりのワイナリーが集まっている。
フレンチランドリーなどという超一流レストランもここにある。
滞在中は一度も雨に見舞われず、さすがカリフォルニアという感じだったがバンクーバーへ着いた途端雨。。。
シスコは音楽のレベルもかなり高いしちょっとうらやましくなってきた。。。
2007年12月22日
結局飛行機で、、、
航空チケットを検索してたら土壇場で安いチケットが売り出されているし、車で行くより安いので思わず購入。
それに冬場のオレゴン越えはけっこう雪で大変らしい。
下手すれば峠で足止めもとか。
やはり夏行くことにしよう。
この週末のGIGのオファーも断ってしまっているし、ちょっと悪いことをしてしまった。
2007年12月21日
芸術とは恥か!?
自分が以前演奏した曲をプレーバックして聞く気にはならない。
そのときは自分で納得していても何ヶ月か経つといろいろ気になるところが目立ってくるので、また練習をしてレコーディングということになる。
たまに他人さまからあなたのCD聞きましたとかラジオで流れてたなどと言われるとなんて言っていいのかわからなくなる。
ジョン・レノンも自分の曲がどこかで耳に飛び込んでくると死にたくなると言っていた。
自分の作ったものをカッコ悪いと思うことは恥以外のなにものでもない。
カッコ悪いから良いものを作ろうとしてまた作る。。。
ライブも昨日よりマシな演奏をしようと思いながらやる。
他人から見れば頭がおかしいと思われるかもしれないが、アーティストなんてそういう人種である。
あのジョアン・ジルベルトも去年東京でやったライブのDVDの発売を気に食わないらしく中止してしまった。
俺はスゴイ才能があると自分で思いながら生きているアーティストはいるのだろうか?
芸術とは恥を人に見てもらうことか。
2007年12月18日
Christmas party...
昨日は音楽とは全然関係のない人たちのパーティで郊外までいっていた。
1年ぶりに見る顔もあったが日本人はオイラだけ。
いろんなことを話したが、一応みんな個人でビジネスをやってるので自然にそっちのほうに話しは流れる。
けっこう真剣に話ししてるので、クリスマスパーティでそんな話しカンベンしてくれよモードになってしまった。。。
今度は手品でも練習して行ってやろう。
2007年12月12日
カーメンテ
これで食べ物の味もわかる。
もう2週間もすればクリスマス、それで今年はクリスマスにひさしぶりに友達のいるサンフランシスコに行くことにした。
本来なら飛行機で行くところだが、急ぐこともないし安上がりなので車でいくことにしたのはいいが、なにしろ長距離なので車のメンテをはじめた。
オイル交換くらいでOKかと思って日本でメカニックをやってる友達に電話したら、距離的にタイミングベルトも変えたほうがいいという。
それで変える事にしたら、ウォーターポンプもいっしょに変えたほうが安いし、安心だとバンクーバーの車屋に言われた。
ボルつもりかと思ってまた日本の友達に電話したら、まず大丈夫だと思うけどそれも変えたほうが後で変えるより安いとか言いだした。
しょうがないのでそれも変えることにしたが結局、飛行機で行くほうが安くなってしまった。。。
しかし車のほうはどっちにしてもやらないといけないメンテなので出費はしょうがない。
年末はいつもなにかとお金のいることが多くなる。。。
2007年12月09日
ピカーニャ!
雨よりはマシなのであったかいコーヒーでも飲みながら我慢しませう。
さて1ヶ月ブラジルに滞在してましたが、いったいその間毎日何を食べていたかと言うと、ほとんど豆と肉あと生野菜といったところ。
レストランはポルキロというビュッフェスタイルの量り売りか食べ放題のシュハスコがメインであとファストフードのパンと揚げ物を売ってる店がほとんど。
食べ放題は食い意地がはってしまって、ついつい食べ過ぎてしまうのであとが大変。。。
GALITOっという焼き鳥屋風のレストランは炭火焼でこれはけっこうイケた。
日本食は全然期待していなかったので最初から番外、しかしサルバドールでYOKOとかいうすし屋があったのでおもしろ半分に入ってみたら、これがブラジリアンが日の丸ハチマキでやっている店でにぎり寿司がおにぎりみたいな感じで出てきてマイッタ。。。
しかし店はカップルなんかで繁盛しているみたいで雰囲気はよかった。
リオを立つまえに極め付きの焼肉を食べるべく、フラメンゴにあるMAJORICAへいってみた。
ローカルの人に聞いてもあそこの肉はいいらしい。
ここは自分で肉をえらんで焼いてもらうスタイルなのでショーケースを見て品定めをする。
やや大きめのピカーニャをえらんで焼いてもらったが、焼きあがった肉をみてビックリした。
ケースの中でみたのよりすごくデカイのだ。
しかしミデアムレアに焼かれた肉は食べやすく結局全部平らげた。
食べ物も慣れればそこの味に馴染んでしまうのであまり苦労はなかったが、やはりバンクーバーに帰ればウマイ和食が食べられるのでうれしい。
2007年12月08日
Salvador
RIOに滞在中5日間ほどSALVADORにも足をのばしました。
サルバドールはリオから飛行機で約2時間ほど北に飛んだブラジルの有名ミュージシャンを数多く輩出したBAHIA州の主都であります。
数々の歌に歌われた場所なので、期待して空港を出たらそこはもうほとんどアフリカ。
16世紀のブラジルの首都、奴隷貿易の拠点がサルバドールだったわけで、ここは今も人口の8割以上は黒人で占められています。
滞在したBARRA地区はリゾート地なのですが、気候も温暖なせいか浜辺で生活しているような人もけっこういてワイルドな感じ。
ペロウリーニョという有名な広場が街の中心にありますが、ここは昔奴隷をトーチャーした場所で今では観光名所として賑わいをみせています。(写真)
その周辺を歩けばどこそこから音楽が聞こえてくると言うような場所でやはりここのノリは少しRIOとはちがう。
ルイス・ブラジル氏はここの近辺で育ったらしく、サルバドールの知識をいろいろRIOを発つ前におしえてくれた。
サルバドールの名物料理ムケッカを食べるべくいろいろリサーチをしていたが、「HIRO、ムケッカを食べるならKIMUKEKAだぞ!」というメールをルイス氏からもらったので早速行ってみた。
やはり地元の人間の情報にはかないません。
その前にBARRAで食べたヤツと比べたら雲泥の差でありました。
夜も出歩いてみましたが、エンターテイメントはやはりRIOほど盛り上がってない様子。
しかしストリートバンドはかなりイケてたので楽しめた。
サルバドールのきつい日差しに浜辺で1日中照らされているといろんなことが頭をよぎった。
カエターノやジョアン・ジルベルトを輩出した土地、時折口ずさむ歌はまたちがう表情を自分に見せてくれた。
VIVA SALVADOR !
2007年12月06日
RioでCantar!
またブラジル紀行の続きであります。
リオに着いて2日後アントニオ・カルロス・ジョビン・ミュージアムまでIPANEMAから歩いていってみた。
そこはLEBLONより少し上のGAVEA地区にあって植物園のすぐ横にある。
地図でみたらけっこう近かったので、とぼとぼ歩いていってみたが気温が30℃くらいあったので、もう途中から汗でびっしょりになってしまった。
ようやく着いて中を見物、秘蔵ビデオなどをみせてもらい係りのおばさんとジョビンの話で盛り上がる。(どうもこの人ジョビンの身内らしい)
ミュージアムを後にして近くの広場までいったら骨董品のマーケットが出ていて、そこでバンドが演奏してたのでランチがてらCOXINHAとビールで見物。
バンドにチップを払いにいったらそのおっさんが話しかけてきた。
「日本人か?俺は昔東京で小野リサの先生だったんだぞ」
「へぇ〜、俺も歌うんだぜ」
「じゃ1曲歌え」
「それじゃ黒いオルフェでもやっぺ」
それでブラジル人だらけの人だかりがしているところで歌った。
ビールの酔いも手伝って結果は馬鹿ウケ!
Parabens! Parabens!
ジョビンのミュージアムの帰りということもあってワタクシもかなりいい気分になってしまいました。
陽気な国ブラジルに乾杯!
2007年12月05日
リオの治安
実際行って見るとやはりヨーロッパやアメリカとはちがうヤバソウな雰囲気があります。
昼間でもひと気の少ない場所を歩くときは後ろからなにが飛んでくるかわからないので、歩きながら周囲をチェックしなければいけません。
服装もジャケットやブランド物を身に付けお金を持ってそうな格好などしているとすぐさまターゲットにされてしまいますから、なるべくTシャツ、G−ンズで現地人のような格好をしたほうが無難です。
デジカメなど片手に歩いていようものならカモがねぎを背負って歩いているようなものなので、それはやめたほうが無難です。
現地で知り合った観光客の3人に1人はお金やデジカメをやられてました。
3人くらいに取り囲まれたり、親子連れで笑いながら話しかけてきたとおもったらナイフが出てきたとか、ホテルを出て15分で一文無しにされたとか。。。
ワタクシの場合けっこうあちこち出歩きましたが幸いそんな目には会いませんでした。
っが、夜、LAPAというクラブ街に行ったときはほとんど経験したことのないような喧騒とヤバサがあってスリル満点でありました。
あそこは現地のカリオカでも行く派と行かない派に分かれてるようです。
一晩中SAMBAを聞きクラブを出て夜中にバスに乗りIPANEMAまで帰るときなどスラム街方面経由に乗ってしまうとバスの中に緊張が走りますが、それでも通い慣れると不思議と普通でいらえるようになってしまいました。
ワタクシが滞在していたIPANEMA周辺は治安がまだいいのでそこまで心配はいりませんが、やはり夜はLAPA方面に出ないと全然つまらないのでしょうがないのであります。。。
しかしリオも悪いところばかりではありませんし、スラムに住んでいる人も大半の人は善良な市民でごく一部の人達が凶悪犯罪に手を染めているようです。
今度はポル語をマスターして行きたいところ。


