クリスマス中はひさしぶりにサンフランシスコに滞在し街を満喫。
やはりシスコはバンクーバーにくらべてかなり暖かいし天気がいいので出歩くにも快適。
今回の目的のひとつは友人がエグゼクティブシェフをやっているレストランをチェックしにいくことだったが、ここのレストラン"bushi-tei"はサンフランシスコでもミシュランスターをもらった店でファインダイニング系。
中に一歩足を踏み入れると内装は長野から運んだという古民家の柱をモチーフに設計されたモダンな作り。
料理はフォアグラや和牛、ダック、あんこう、ラム、等を使ったフレンチジャパニーズフュージョン系で2回ほど足を運んでかなりの種類を食べさせてもらったが、どれもこれまで食べたものとは違う感じで非常においしかった。
友人のシェフWAKAとはもう30年くらい知っている中なので彼がシスコで成功しているのはホントうれしい。
そしてオーナーのTAKさんには店を作った経緯やこれからの夢などを聞かせてもらってすごくおもしろかった。
この2人の男の夢が叶うようにこれからも応援して行きたいと思う。
レストランは日本街の今回宿泊したHOTEL KABUKIの前にあるのでサンフランシスコを訪れるときは是非立ち寄ってみてください!
あとダウンタウン、ベイエリアなどを探索し、最後にNAPAのワイナリーを回ってきた。
NAPAはカリフォルニアワインの生産の拠点でかなりのワイナリーが集まっている。
フレンチランドリーなどという超一流レストランもここにある。
滞在中は一度も雨に見舞われず、さすがカリフォルニアという感じだったがバンクーバーへ着いた途端雨。。。
シスコは音楽のレベルもかなり高いしちょっとうらやましくなってきた。。。
2007年12月29日
San Francisco
2007年12月22日
結局飛行機で、、、
航空チケットを検索してたら土壇場で安いチケットが売り出されているし、車で行くより安いので思わず購入。
それに冬場のオレゴン越えはけっこう雪で大変らしい。
下手すれば峠で足止めもとか。
やはり夏行くことにしよう。
この週末のGIGのオファーも断ってしまっているし、ちょっと悪いことをしてしまった。
2007年12月21日
芸術とは恥か!?
自分が以前演奏した曲をプレーバックして聞く気にはならない。
そのときは自分で納得していても何ヶ月か経つといろいろ気になるところが目立ってくるので、また練習をしてレコーディングということになる。
たまに他人さまからあなたのCD聞きましたとかラジオで流れてたなどと言われるとなんて言っていいのかわからなくなる。
ジョン・レノンも自分の曲がどこかで耳に飛び込んでくると死にたくなると言っていた。
自分の作ったものをカッコ悪いと思うことは恥以外のなにものでもない。
カッコ悪いから良いものを作ろうとしてまた作る。。。
ライブも昨日よりマシな演奏をしようと思いながらやる。
他人から見れば頭がおかしいと思われるかもしれないが、アーティストなんてそういう人種である。
あのジョアン・ジルベルトも去年東京でやったライブのDVDの発売を気に食わないらしく中止してしまった。
俺はスゴイ才能があると自分で思いながら生きているアーティストはいるのだろうか?
芸術とは恥を人に見てもらうことか。
2007年12月19日
リオデジャネイロの楽器屋
目当てはOldのDiGiorgio、Serie Artistica,ボサノビスタ1人に1台は必要と思っているギター。
手ごろな60年代のヤツがみつかれば買ってこようと思い地下鉄のカリオカ駅を降りて左折した場所にある楽器屋街をまわってみたが、収穫は0。。。
新品のDiGiorgioはけっこうあったけどOLDモデルとなると普通の楽器屋では扱われてない様子。
そしてやはり楽器の数が圧倒的に少ないので少しシラケてしまった。
それと楽器に値札がついてない店が多いのでこれも困った。
東京の楽器屋と比べてしまうと、やる気あるの?と言いたくなるが、これは国柄しょうがない。
しかし新品の楽器類は流石に安かったので欲しい人にはいい買い物かもしれない。
OLDを探すのならやはりebayなどで検索するのが手っ取り早い気がする。
あと現地で弾くギターを調達するためレンタルショップや質屋も探してみたけど、その手の店はないので注意。
IPANEMA地区には小さい楽器屋が1軒あっただけだった。
2007年12月18日
Christmas party...
昨日は音楽とは全然関係のない人たちのパーティで郊外までいっていた。
1年ぶりに見る顔もあったが日本人はオイラだけ。
いろんなことを話したが、一応みんな個人でビジネスをやってるので自然にそっちのほうに話しは流れる。
けっこう真剣に話ししてるので、クリスマスパーティでそんな話しカンベンしてくれよモードになってしまった。。。
今度は手品でも練習して行ってやろう。
2007年12月12日
カーメンテ
これで食べ物の味もわかる。
もう2週間もすればクリスマス、それで今年はクリスマスにひさしぶりに友達のいるサンフランシスコに行くことにした。
本来なら飛行機で行くところだが、急ぐこともないし安上がりなので車でいくことにしたのはいいが、なにしろ長距離なので車のメンテをはじめた。
オイル交換くらいでOKかと思って日本でメカニックをやってる友達に電話したら、距離的にタイミングベルトも変えたほうがいいという。
それで変える事にしたら、ウォーターポンプもいっしょに変えたほうが安いし、安心だとバンクーバーの車屋に言われた。
ボルつもりかと思ってまた日本の友達に電話したら、まず大丈夫だと思うけどそれも変えたほうが後で変えるより安いとか言いだした。
しょうがないのでそれも変えることにしたが結局、飛行機で行くほうが安くなってしまった。。。
しかし車のほうはどっちにしてもやらないといけないメンテなので出費はしょうがない。
年末はいつもなにかとお金のいることが多くなる。。。
2007年12月09日
ピカーニャ!
雨よりはマシなのであったかいコーヒーでも飲みながら我慢しませう。
さて1ヶ月ブラジルに滞在してましたが、いったいその間毎日何を食べていたかと言うと、ほとんど豆と肉あと生野菜といったところ。
レストランはポルキロというビュッフェスタイルの量り売りか食べ放題のシュハスコがメインであとファストフードのパンと揚げ物を売ってる店がほとんど。
食べ放題は食い意地がはってしまって、ついつい食べ過ぎてしまうのであとが大変。。。
GALITOっという焼き鳥屋風のレストランは炭火焼でこれはけっこうイケた。
日本食は全然期待していなかったので最初から番外、しかしサルバドールでYOKOとかいうすし屋があったのでおもしろ半分に入ってみたら、これがブラジリアンが日の丸ハチマキでやっている店でにぎり寿司がおにぎりみたいな感じで出てきてマイッタ。。。
しかし店はカップルなんかで繁盛しているみたいで雰囲気はよかった。
リオを立つまえに極め付きの焼肉を食べるべく、フラメンゴにあるMAJORICAへいってみた。
ローカルの人に聞いてもあそこの肉はいいらしい。
ここは自分で肉をえらんで焼いてもらうスタイルなのでショーケースを見て品定めをする。
やや大きめのピカーニャをえらんで焼いてもらったが、焼きあがった肉をみてビックリした。
ケースの中でみたのよりすごくデカイのだ。
しかしミデアムレアに焼かれた肉は食べやすく結局全部平らげた。
食べ物も慣れればそこの味に馴染んでしまうのであまり苦労はなかったが、やはりバンクーバーに帰ればウマイ和食が食べられるのでうれしい。
2007年12月08日
Salvador
RIOに滞在中5日間ほどSALVADORにも足をのばしました。
サルバドールはリオから飛行機で約2時間ほど北に飛んだブラジルの有名ミュージシャンを数多く輩出したBAHIA州の主都であります。
数々の歌に歌われた場所なので、期待して空港を出たらそこはもうほとんどアフリカ。
16世紀のブラジルの首都、奴隷貿易の拠点がサルバドールだったわけで、ここは今も人口の8割以上は黒人で占められています。
滞在したBARRA地区はリゾート地なのですが、気候も温暖なせいか浜辺で生活しているような人もけっこういてワイルドな感じ。
ペロウリーニョという有名な広場が街の中心にありますが、ここは昔奴隷をトーチャーした場所で今では観光名所として賑わいをみせています。(写真)
その周辺を歩けばどこそこから音楽が聞こえてくると言うような場所でやはりここのノリは少しRIOとはちがう。
ルイス・ブラジル氏はここの近辺で育ったらしく、サルバドールの知識をいろいろRIOを発つ前におしえてくれた。
サルバドールの名物料理ムケッカを食べるべくいろいろリサーチをしていたが、「HIRO、ムケッカを食べるならKIMUKEKAだぞ!」というメールをルイス氏からもらったので早速行ってみた。
やはり地元の人間の情報にはかないません。
その前にBARRAで食べたヤツと比べたら雲泥の差でありました。
夜も出歩いてみましたが、エンターテイメントはやはりRIOほど盛り上がってない様子。
しかしストリートバンドはかなりイケてたので楽しめた。
サルバドールのきつい日差しに浜辺で1日中照らされているといろんなことが頭をよぎった。
カエターノやジョアン・ジルベルトを輩出した土地、時折口ずさむ歌はまたちがう表情を自分に見せてくれた。
VIVA SALVADOR !
2007年12月06日
RioでCantar!
またブラジル紀行の続きであります。
リオに着いて2日後アントニオ・カルロス・ジョビン・ミュージアムまでIPANEMAから歩いていってみた。
そこはLEBLONより少し上のGAVEA地区にあって植物園のすぐ横にある。
地図でみたらけっこう近かったので、とぼとぼ歩いていってみたが気温が30℃くらいあったので、もう途中から汗でびっしょりになってしまった。
ようやく着いて中を見物、秘蔵ビデオなどをみせてもらい係りのおばさんとジョビンの話で盛り上がる。(どうもこの人ジョビンの身内らしい)
ミュージアムを後にして近くの広場までいったら骨董品のマーケットが出ていて、そこでバンドが演奏してたのでランチがてらCOXINHAとビールで見物。
バンドにチップを払いにいったらそのおっさんが話しかけてきた。
「日本人か?俺は昔東京で小野リサの先生だったんだぞ」
「へぇ〜、俺も歌うんだぜ」
「じゃ1曲歌え」
「それじゃ黒いオルフェでもやっぺ」
それでブラジル人だらけの人だかりがしているところで歌った。
ビールの酔いも手伝って結果は馬鹿ウケ!
Parabens! Parabens!
ジョビンのミュージアムの帰りということもあってワタクシもかなりいい気分になってしまいました。
陽気な国ブラジルに乾杯!
2007年12月05日
リオの治安
実際行って見るとやはりヨーロッパやアメリカとはちがうヤバソウな雰囲気があります。
昼間でもひと気の少ない場所を歩くときは後ろからなにが飛んでくるかわからないので、歩きながら周囲をチェックしなければいけません。
服装もジャケットやブランド物を身に付けお金を持ってそうな格好などしているとすぐさまターゲットにされてしまいますから、なるべくTシャツ、G−ンズで現地人のような格好をしたほうが無難です。
デジカメなど片手に歩いていようものならカモがねぎを背負って歩いているようなものなので、それはやめたほうが無難です。
現地で知り合った観光客の3人に1人はお金やデジカメをやられてました。
3人くらいに取り囲まれたり、親子連れで笑いながら話しかけてきたとおもったらナイフが出てきたとか、ホテルを出て15分で一文無しにされたとか。。。
ワタクシの場合けっこうあちこち出歩きましたが幸いそんな目には会いませんでした。
っが、夜、LAPAというクラブ街に行ったときはほとんど経験したことのないような喧騒とヤバサがあってスリル満点でありました。
あそこは現地のカリオカでも行く派と行かない派に分かれてるようです。
一晩中SAMBAを聞きクラブを出て夜中にバスに乗りIPANEMAまで帰るときなどスラム街方面経由に乗ってしまうとバスの中に緊張が走りますが、それでも通い慣れると不思議と普通でいらえるようになってしまいました。
ワタクシが滞在していたIPANEMA周辺は治安がまだいいのでそこまで心配はいりませんが、やはり夜はLAPA方面に出ないと全然つまらないのでしょうがないのであります。。。
しかしリオも悪いところばかりではありませんし、スラムに住んでいる人も大半の人は善良な市民でごく一部の人達が凶悪犯罪に手を染めているようです。
今度はポル語をマスターして行きたいところ。
2007年12月03日
Brazil!!
リオに3週間、サルバドールに約1週間滞在していましたが、いろんなことを体験しました。。。
リオに着いた途端気温は湿気を含んだ30℃の真夏日。
毛穴が開いてない私はもう汗だく。
すかさずルイス・ブラジル氏から連絡があり明日会おうとのこと。
翌日彼に電話を入れたら”どこそこのなに通りで会おう”とか言っている。
しかし電話は聞き取りにくいし私リオの地理がさっぱりわからないので彼の言葉をカタカナで紙に書きタクシー運転手に言ったら何とかわかったらしく、ラランジェーラスのとあるプラザまで連れて行ってくれた。(耳コピーしていてよかった!)
そこではフリーマーケットが開催されていて、みんなビールとカイピリーニャを片手にサンバを聞きながら陽気にチャットしている。(何か異様な雰囲気)
彼を待つあいだ近くにいる人に話しかけたらカイピリーニャを勧められて思わず飲んでしまう。
やはり本場のヤツはウマイっというかキツイ。。。
その人達に”なんであなたここにいるの?”とか聞かれたんで”昨日リオに着いてカエターノのバンドのルイスとここで待ち合わせしてるんだ”といったら、お前はCRAZYだといわれた。
そこへルイスが登場!
結局そこで彼と2時間ばかり話こんでしまい最後に彼の家に行ってギターなどを見せてもらった。
それから彼に2回ほどギターの手ほどきを受けたが、やはりカエターノに見込まれただけあってウマイ。
リズムのノリの出し方などを教わった。
その後も2人で意気投合、リオにいる間何度も彼の家を訪れ近くのカフェやコパカバーナで食事をしたのは数知れず。。。
基本的に会ったほとんどのブラジリアンは陽気でフレンドリーだった。
初対面で話している最中いきなり誕生日に招待されたり、来週飲みに行こうなんていつものこと。
ちょっと忘れかけてたものを見せつけられたようでうれしくなった。
またブラジル体験談など少しづつアップします。


